「水都の景観」に関する資料
(H26.6.24更新)
平成21年8月26日(水)~ 10月12日(月・祝)(予定)
新淀川開削工事のきっかけとなったのが明治18年(1885)の大洪水。この年の6月上旬よりうち続いた雨により淀川の水位は上昇し、6月17日に遂に枚方の淀川堤防が決壊しました(「伊加賀切れ」と呼ばれる)。浸水は淀川左岸で広範囲にわたり、大阪市内にも及びました。この浸水を淀川本流に戻すため、東成郡野田村大長寺裏(現・都島区網島)の堤防を切開して淀川に放流しました(「わざとぎれ」という)。この絵図には、浸水地域と伊加賀切れ・わざとぎれの場所などが明示されています。
今年は新淀川が竣工してちょうど100年になります。川と人々の苦闘の歴史についても考える機会にしてください。
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