天正13年(1585)に和泉・紀伊の領主となった豊臣秀長は、和歌山城の築城を開始しました。まもなく郡山城を築いて居城を移すと、家老の桑山重晴が城代となったとされています。
この瓦は、和歌山城天守郭北側斜面における地滑り崩落土から出土した瓦のうちの1つです。もと天守周辺に埋没していた瓦が、豪雨による地滑りによって北側斜面に流れ込んだと考えられます。したがってこの瓦は、和歌山城の天守やその周辺建物に使用されていたとみられます。近年の調査において、豊臣家の他の居城(聚楽第・郡山城)で出土した瓦と、同じ型か、あるいは型紙を同じくする別の型でつくられたと考えられることが明らかになりました。さらに、大坂城でも類似した意匠の瓦が出土しています。
(2026.6.30 更新)
ポスター展示
秀吉・秀長兄弟の居城から出土した「兄弟瓦」
天下一統へと突き進む兄、豊臣秀吉。
兄を支え続けた弟、豊臣秀長。
彼らの居城から出土した瓦をよく見ると、驚くべき共通点があります。
文様の細部まで酷似したそれらの瓦は、同じ型、あるいは同じ型紙からつくられた別の型でつくられたと考えられます。
そこから、兄弟を支えた職人のネットワークをみてとることができます。
瓦に刻まれた共通点から、兄弟の強い絆を感じてみてください。
(岡本・豆谷)
| 開催日時 | 令和8年7月1日(水)~ 10月5日(月)(予定) |
| 場 所 | 大阪歴史博物館 1階 エントランス |
| 観 覧 料 | 無料 |

