(2026.5.11更新)
| 会 期 | 令和8年7月1日(水)~ 9月7日(月) ※火曜日休館 ただし8月11日(火)は開館 |
| 会 場 | 8階 特集展示室 | 時 間 | 9:30~17:00 ※入館は閉館30分前まで |
| 観覧料 | 常設展示観覧料でご覧いただけます |
| 主 催 | 大阪歴史博物館 |
大阪歴史博物館では、令和8年(2026)7月1日(水)から9月7日(月)まで、8階特集展示室において、特集展示「新収品お披露目展」を開催します。
大阪歴史博物館では開館以来、大阪を中心とする地域の歴史と文化を広く市民に紹介し、理解を深めていただくことを事業運営の基本方針としています。この基本方針に沿った資料の収集は博物館活動の根幹でもあり、当館では毎年、市民の皆様からご寄贈いただいたさまざまな資料を保管し、研究や展示等に活用しています。
今回の展示では、令和7年度に新たに館蔵品となった多くのご寄贈品から、未公開のものを中心に、約50点をご紹介します。
主な展示資料
展示資料数:約50件
書家の田中塊堂(1896-1976)による作品及び塊堂が収集した史料など総数502点の寄贈を受けました。塊堂は独学で仮名、古筆を研究し、研究の一環で集めた資料群は古代から近世の古写経、和歌切、書状断簡など多岐に渡ります。さらに、ダイナミックに書く“大字かな”で書の表現を広めた一人となりました。
本品は、自詠の歌を揮毫して二曲屏風に仕立てたものです。師とは川谷尚亭(1886-1933)のことです。尚亭は塊堂に「大きな仮名をやったらどうか」と提案をしました。この歌のとおり、塊堂は仮名の研究に生涯を捧げて新たな書の道を切り開きました。書家・塊堂の強い意志を感じる一首です。
【釈文】
仮名に生きて大字をやれといひませし師のなきあとの一筋をゆく
本品は、自詠の歌を揮毫して二曲屏風に仕立てたものです。師とは川谷尚亭(1886-1933)のことです。尚亭は塊堂に「大きな仮名をやったらどうか」と提案をしました。この歌のとおり、塊堂は仮名の研究に生涯を捧げて新たな書の道を切り開きました。書家・塊堂の強い意志を感じる一首です。
【釈文】
仮名に生きて大字をやれといひませし師のなきあとの一筋をゆく
上方芸能研究者・評論家の森西真弓氏から寄贈いただいた歌舞伎関係資料は、初代中村鴈治郎(1860-1935)の周辺を物語る資料群で、「鴈治郎飴」の容器など希少な資料も含まれています。本品は松竹で舞台や衣装の考証にも携わった画家、吉川観方(1894-1979)が描いた初代鴈治郎の絵葉書で、当たり役「河庄」紙屋治兵衛の大首絵です。
大林組の創業50年を記念して製作された飾り皿です。中央に中之島側から見た大林組本店(現・ルポンドシエルビル)を描き、周りには松竹梅と大林家の定紋である柏葉をデザインしています。上下左右にある5つの「十」は50年をあらわしたものです。本品は京都の東九条にあった泰山製陶所の製作で、裏面には「紀元一八九二年 創業五十年記念 株式会社大林組」と「泰山」の刻印があります。
平安時代(11~12世紀) 大阪歴史博物館蔵(江谷寛氏寄贈)
現在の東淀川区柴島付近にはかつて薬師堂という村がありましたが、明治期の淀川改修により移転し、その跡地は河床となりました。本品は淀川河床から採集された遺物群の一つで、現在の旭区から東淀川区にかけて複数の河床遺跡の存在を明らかにした契機となるものです。淀川流域の流通や信仰の実態を知るうえで重要な手がかりとなります。
なお、「薬師堂」の村名は奈良時代の高僧・行基が開創した寺にちなむとの言い伝えがあり、採集された瓦との関連が注目されます。
なお、「薬師堂」の村名は奈良時代の高僧・行基が開創した寺にちなむとの言い伝えがあり、採集された瓦との関連が注目されます。



