
太刀 銘
南北朝時代(14世紀) 個人蔵
「左」と銘を切る作品は

刀 名物
鎌倉時代後期(14世紀) 国(文化庁)蔵
正宗は相模国(現在の神奈川県)の刀工で、

【第五回お守り刀展覧会総合の部 第一席作】
脇差 <刀身:安達貞茂 研磨:松比良千明 はばき:安達和喜>
平成22年(2010) 作者出品
第五回お守り刀展覧会審査により、刀身・外装を合わせた「総合の部」において第一席(岡山県知事賞)を受賞した作。日本刀とはそもそも刀身のみでは成り立たず、必ず外装を伴うという点から、新作刀のコンクールとしてこの展覧会が初めて設けた審査項目であるが、この作品はそれぞれの作品の完成度の高さに加え、双方の作品世界の調和という観点において、彫刻を伴った豪壮で華やかな刀身とそれを収納するにふさわしい存在感ある外装という組み合わせが評価され、最高賞受賞となった。

昭和53年(1978) 阪井俊政作 佐野美術館蔵
55歳の作。阪井氏は昭和44年に、春日大社所蔵の柏木菟腰刀拵(重文)の欠失目貫の補作を行うが、その際に得た知識を元にし、約10年後の昭和53年、これを忠実に再現した。本来拵は、木工、漆工、彫金といった諸職人によって分業で制作される総合芸術であるが、生来手先が器用な阪井氏は、木工で基幹部を作成、彫金部分はもちろん、カシュー漆による鞘塗までのすべての作業を単独で行うという驚くべき才能によってこの作品を完成させた。阪井氏の恐るべき能力を象徴する一作である。

平成3年(1991) 阪井俊政作 個人蔵
68歳の作。生きた虫を捕らえるための抜群な装備をもった蜘蛛と、俊敏な動きや感度の高い感覚毛を備えた蟷螂を組み合わせ、一見風景画のように作品世界を成立させながらも、実はその両者に、前年に起こった湾岸戦争への風刺の意図を持たせた意欲作。また、当時世の中を騒がせたセアカゴケグモの発生という社会背景も蜘蛛の背中の赤みで合わせ表現する。裏面には表面の闘争的な暗示との対比として、仏教説話に登場する
合金の一種。朧銀とも言われ銅3銀1の割合で配合されることからの呼称とされるが、実際の配合量はこれに規定されるものではなく、時に微量の金が混ぜられることもある。阪井氏は本作品において、この合金に茶色味を持たせるため亜鉛を適量混ぜる試みを行った。